プラトン『ヒッパルコス』メモ

プラトン『ヒッパルコス』((プラトン全集 (岩波) 第6巻) を読んだときのメモ。

この対話篇はちょっと変わっていて,『ヒッパルコス』という表題なのですが対話の相手はヒッパルコスではなく,「友人」という謎の無名人物です。当のヒッパルコスというのは,ペイシストラトスの息子で,アテナイの僭主になり,人格者であったが,愛憎のもつれ?で殺されてしまった,という挿話がちょっと出てくるだけです (ヒッパルコスは,ヘロドトス『歴史』,トゥキュディデス『歴史』,アリストテレス『アテナイ人の国制』などに記録が出てくるらしい)。
本対話篇の副題は「利得愛求者」で,文字通り利得とは何かについての対話です。約20ページと非常に短いです。
また,解説によると,本対話篇は偽作の疑いがあるということです。というか訳者 (解説者) が「訳者としては,やはり偽作説に一票を投ずることにしたい」とまで書かれています。まあプラトン全集も出版されて40年近く経っているので,真作か偽作かというのは最新の学説も知るべきでしょうが自分のような趣味で読む者にとっては大した問題ではありません。

以下は読書時の転記部分とメモです。

ソクラテス「そうすると,いったい利得の愛求 (欲深いこと) とはどういうことなのか,また利得愛求者 (欲深者) とはどういう人びとなのだろうか。」
友人「わたしには,無価値なものごとから利得を得ることを期待する人びとのことである,と思われます。」(225A)

これが冒頭部ですが,利得についてソクラテスが質問していくという形です。

ソクラテス「ある利得は善であり,別のある利得は悪である,としよう。ところで,それらのうちの善きものが悪しきものより,より多く利得であるということはないね。それとも,そうではないのか。
友人「いったいどんなことを尋ねておられるのでしょうか。」
ソクラテス「説明してあげよう。食物には善いものと悪いものとがあるね。」
友人「はい。」
ソクラテス「さていったい,それらの中の一方が他方よりも,より多く食物であるというのか,それとも,同じようにこのものである,つまり両方とも食物であるのであって,この限りにおいては,つまり食物である限りにおいては,一方は他方と何らことなるところはなくて,その中のあるものが善いものであり,あるものが悪いものであるという限りにおいて,一方が他方とことなるのかしら。」
友人「はい。」
ソクラテス「すると,飲物やその他の,ものごとのうちの,同じものでありながら一方は善きもので他方は悪しきものであるようなもののすべては,同じものであるという限りにおいては,一方は他方と何らことなるところがないのではなかろうか。ちょうど人についてもおそらく,あるものはよい人であり,あるものはわるい人である。」
友人「はい。」
ソクラテス「だが思うに,人であるという限りにおいては,どちらが他方より,より多く人であるとか,より少く人であるとかいうことは決してない。よい人がわるい人よりも,とか,わるい人がよい人よりも,とかいうことはないのだ。」
友人「あなたの言っておられることは,ほんとうです。」
ソクラテス「それなら,利得についても,そのように考えようではないか。つまり,有害なものも有益なものも,同じように利得ではある,とね。」
友人「必然的にそうなります。」
ソクラテス「してみると,有益な利得をもっているひとが,有害な利得をもっているひとよりも,より多く利得を得ることにはならない。われわれの同意するところでは,そのどちらかが,より多く利得であるというようなことはない,ということは明らかなのだ。」(230A)

ちょっと長い引用ですが,これは非常にプラトンらしい対話だと思いました。個人的には読んでいるときには偽作とは思いもしませんでした。似たような対話は『ゴルギアス』辺りのいわゆる初期にあったと思います。
「すると,飲物やその他の,ものごとのうちの,同じものでありながら一方は善きもので他方は悪しきものであるようなもののすべては,同じものであるという限りにおいては,一方は他方と何らことなるところがないのではなかろうか。」…という一連の表現は,自分はベクトルの射影を思い浮かべました。ベクトルは全く別の方向で大きさも違うが,X軸への射影をとってみると実は同じである,というような。
それはともかく,「利得に善悪はない」というのはプラトンらしくない印象もありますが,善悪がないというより善悪とは次元が異なるということなのでしょう。「儲かれば何でもよい」ということではなく,善悪が分かる心の持ち主が得た利得であれば,それが全て善いものだ,というふうにとらえたいと思います。

ソクラテス「善きひとはあらゆる利得を得ようと望むのではなく,利得の中の善いものを望んで,わるいものは望まない,といってきみはぼくに異議を申し立てた。」
友人「はい。」
ソクラテス「ところがさて今は,議論がわれわれを,小さいものも大きいものも,すべて利得は善きものである,ということに同意するよう強制してしまっているのではないか。」(232A)

このようにいつの間にかソクラテスの対話は相手を籠絡してしまいます。僕もソクラテスの相手と一緒に,いつも訳が分からなくなってますが,まあテーマや結論よりもこの対話の過程が面白いです。

ということで以上。偽作かもしれないということで,専門家からは恐らく軽視されていると思いますが,個人的にはプラトン的なソクラテスによる対話の展開が楽しめました。他のもそうですが第6巻は短編が多く,しかも読みやすいので結構おすすめです。次回は『恋がたき』の予定。

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