「夏目漱石の美術世界展」

夏目漱石の美術世界展」に行ったので,その感想。

結論から言うと,非常に面白かったです。2回行きました (2013年5月19日,6月30日)。その理由は後述します。
なお私は普段美術館などまず行かないタチの人間で,美術に関する知識も感性もからきしです。但し漱石は大好きです。なので内容は全て漱石好きに起因するものであり,美術の観点で的外れなことを書く可能性もありますがそれは漱石自身が書いた絵が下手 (と日曜美術館で言われていた) というのと同じということでご容赦下さい。

会場は東京藝術大学大学美術館というところで,初めて行きました。余談ですが,上野桜木方面は隣の区なので比較的近いのですが,うちから (文京区) だと丁度よい交通の便がなく,交通機関を使っても25分以上かかり,Google のルート検索でも「自宅から31分歩け」と促される始末。結局2度ともいわゆる「谷根千」を散歩しながら歩いていきました。

さて展覧会ですが,漱石というのは勿論小説家,文学者です。が,漱石の小説に絵画や屏風といった美術品・芸術品に関する描写が沢山あったり,また随筆や評論にもしばしば美術品に関するものがあったりします。しかも特徴的なのは作家や作品が殆どが実名のまま登場しているということで,ではそれらの作品を実際に集めて展覧会にした,というものです。また,漱石自身も書や絵を描いたり本の装丁を自分でデザインしたりしており,それも展示されていました。
ありそうでなかったというか。漱石の文章に美術の話題が沢山出てくることは知られていると思いますが,そのことに関する論文やエッセーならともかく,実際に言及された作品を一堂に集めるというのは,海外のものなども多いので,なかなか実現の機運は今までなかったのだろうと思います。

さて展覧会の具体的な感想はそんなに書くようなことはないのですが,1回目に行った少し前に,kobo で青空文庫の『坊っちゃん』『こころ』『門』を読んでいたので,その関連のものはよく覚えており印象に残りました。

「あの松を見給へ,幹が真直で,上が傘の様に開いてターナーの画にありさうだね」と赤シヤツが野だに云ふと,野だは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合つたらありませんね。ターナーそつくりですよ」と心得顔である。ターナーとは何の事だが知らないが,聞かないでも困らない事だから黙つて居た。」
「すると野だがどうです教頭,是からあの島をターナー島と名づけ様ぢやありませんかと余計な発議をした。赤シャツはそいつは面白い,吾々は是からさう云はうと賛成した。此吾々のうちにおれも這入つてるなら迷惑だ。おれには青島で沢山だ。あの岩の上に,どうです,ラフハエルのマドンナを置いちや。いゝ画が出来ますぜと野だが云ふと,マドンナの話はよさうぢやないかホヽヽヽと赤シヤツが気味の悪るいい笑ひ方をした。」(『坊っちゃん』五,「夏目漱石の美術世界」図録 p.49 より)

この『坊っちゃん』の部分は非常に面白いですね。ここは,「おれ」や僕と同じでターナーなんて知らなくても面白いのですが,しかし漱石自身は勿論よく知っているから,知らない人が読んでも知っている人が読んでも面白い,しかもターナーの論評にもなっているという話が書けるということなんだろうと思います。

と,ここまで来て,ならばと実際にそのターナーの絵が見られる,というのがこの展覧会の面白さです。ただターナーの絵が最初から飾られているのを見るのではなく,この『坊っちゃん』の話を知っていて見るから面白いのです。
その意味では,美術鑑賞としては正道ではないのかもしれません。しかしそれは漱石を主,絵画を従とした見方です。逆の見方もありえます。つまり絵画から漱石の作品のあらすじを知って興味を持つかもしれません。そのように鑑賞者のコンテキストによって見方が分かれ,相乗効果のようになる,というのがこの展覧会の懐の広さだとも思います。

他に,直前に読んでいた『門』に出てきた (のと大体同じだろうと評される) 抱一の屏風も出るというので楽しみでした。しかし1回目に行ったときは展示されておらず,期間中に展示替えがありその後でないと展示されないということだったので,一応それが目当てで冒頭に述べたように2回行ったわけです。まあ2回目も結局ほぼ全部見ましたが。

それ以外では,僕が作中の場面を覚えていたものではないですが,『草枕』で「理想の婆さんは物凄いものだと感じた」という蘆雪の画や,同じく作中の画工がお那美さんの顔を想像して思い出したという水に沈み行くオフィーリアの画,『三四郎』で三四郎と美禰子が親しくなって一緒に画帳を見ている時に出てくるウォーターハウスの人魚 (マーメイド) の画などは見ていて印象的でした。
漱石作品の視点で考えると,前期~中期の作品が多いことが分かります。反面,例えば後期三部作と言われる『彼岸過迄』『行人』『こころ』などには確かにあまり美術品の話は出てこなかった印象はあります (でも私の好きな『行人』には二郎が父親と上野の美術館に行く話がある)。

今回私は2,300円する図録も購入しました。これは今回のテーマ,即ち漱石の作品と,漱石の作品に出てくる美術品との関連を体系的に (しかも写真入で) まとめたものとしても,漱石ファンとしては面白いし価値があるのではないかと思います。

二十世紀初頭のヨーロッパにもアメリカにも,また中国にも,このように中国古典詩から日本の近世絵画そしてラファエル前派までを見晴るかして,自由自在に詩画を論じてゆく画論小説は,ほかにまだとうていありえなかったろう。それは,夏目漱石という十九世紀後半の極東日本の知識文人によってのみ可能となった離れ業であった。(「夏目漱石の美術世界」図録 p.8,芳賀徹氏)

と図録で評されていて自分もそうだなあと思いました。
ただ,知識というだけではなく,実名も入れて好きなように書いている,というのも漱石の特徴じゃないかとも思ったりします。現代では実名で漱石のように遠慮なくこき下ろすと (以上では触れていませんが,例えば文展の作品に関してかなり辛辣な批評もしている),各方面から色々飛んできたりネット上で炎上したりするリスクが大きいので,仮に知識があっても同じようには書けないのではとも思いました。まあ時代の違いでしょう。

なお2度目に行ったときは,音声ガイド (500円) を聞きながら観覧しました。展示物について,実際に出てくる漱石の作品の場面の朗読があったりして,なかなか面白かったです。
もっとも,その時は2人連れの杖をついた70くらいのお年寄りが回っていて,結構美術品に造詣があるらしく,作品に対して一々論評を加えながら回っており,(中身はあまり分かりませんが) 実はそれが結構面白かったのでこっそり横で聞いていたりしました。漱石も寺田寅彦などと一緒にあんな感じで歯に衣着せぬ批評をしていた,またそれだけの知識や感性があったのだろうななどと思いました。

1回目も2回目も日曜日に行きましたが,2回目のほうが断然混んでいました。段々知名度や評判が上がっていったのかもしれません (日曜美術館でも取り上げられましたし)。最初にも書きましたが非常に面白かったです。まさに漱石ならではという展覧会でした。

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