東京~博多に新幹線を使うということ

本記事は,JR東海ツアーズの宣伝です(笑)。嘘です。でもちょっとだけ本当です。

2014年3月に,九州に行きました。
元々は,親戚の法事のためだったのですが,九州に行くことなどそういう機会を捕まえないとなかなかないので,ついでに軽く旅行することにしました。
ただ旅行については,そんなに書くことがありません。一言でだけ感想を書けば,「やはり行ったことがない土地に行ったり歩いたりするのは気分がいいなあ」ということです。
JR九州について思ったことと,熊本の漱石旧居跡を訪れたことはもしかしたら後で取り上げるかもしれません。

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さて本記事では,「東京~博多の往復に新幹線を使った」ということについて書きます。

そう,新幹線で行きました。東京から九州に行くのに,9割以上の人は飛行機を使うのではないでしょうか?実際,今回僕は往復とも新幹線を乗り通しましたが,少なくとも乗車した座席の周囲では,自分以外で始発から乗って終点まで降りなかった人はいませんでした。博多~名古屋とか,広島~新横浜とかはいましたけどね。

さて,では何故僕は新幹線を使ったのか?ということについて,(1)飛行機が苦手だから,(2)新幹線に乗ること自体が楽しみだから,(3)不自由な時間というのも大切だと思うから,(4)想像以上に安いプランがあったから,という4点に分けて述べます。

(1)ですがはっきりいってこれが一番大きいです。飛行機が何故落ちないのかが分かりません(笑)。勿論必要な時には乗りますが,プライベートで好き好んで乗りたいとは決して思いません。
ちなみに僕だけじゃなく,両親も飛行機が嫌いで,今回も,移動は別でしたがやはり陸路で九州まで往復しました。また今回,九州にいる伯母に聞いたのですが,昔僕が母に連れられて九州に夏休みに行った時に,日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落した事故が起きて,テレビでニュースを一緒に見ながら「怖いねえ」と話したのをよく覚えているとのことでした。
もしかしたらそれが一家の飛行機嫌いの原点だったのかもしれません。その後,物心ついた後も,飛行機で九州に行った記憶はありません。

(2)については説明は不要でしょう。僕が所謂「乗り鉄」なのかもしれませんが。端的に言えば,乗ることも旅行の重要な要素の1つです。
ところで,新幹線に限らないですが,僕はいわば「乗り鉄指数」とでも言うべきものを,「(乗り心地 * 乗車時間) / 値段」で表せると考えています。この指数は,値段が安く,乗り心地がよいほうが大きくなるのはいいと思いますが,時間がかかればかかるほど大きくなります。これは速達性を重視すれば逆なのですが,快適な電車には長い時間乗っていられるほうが嬉しいのです。
(乗り心地 * 乗車時間) は,東京~博多などはトップクラスでしょう (新幹線は乗り心地がいいかは意見が分かれるかもしれませんが自分にとっては最高です)。ただ値段は高いですが,後述の (4) を利用すれば意外なほど安く済みます。
他には,「ぷらっとこだま」などもかなり高ポイントだとかねがね思っています。未だ利用したことはありませんが,いずれ京都辺りに行ってみたいものです。

(3)ですが,これは図書館に行くのに感覚としては似ています。自分で所有する本を読むという行為は,物理的には家でもいいのですが,ついネットをしてしまったりという禁断症状が現われます(笑)。図書館はパソコンが手元にないし,携帯電話 (スマホ) をいじる気にもあまりならず,読書に集中できます。
つまり,移動に長時間かかるというのは,いくらでもプラスに考えることができるということです。普段できないことをできるということで,寧ろ贅沢であり,時間がかかるというのをネガティブに考えることはない,と思います。尤も一人だからそうであり,微妙な間柄の人と一緒だったりすると苦痛かもしれませんが。

(4)は,JR東海ツアーズの「ビジネス&シングルルームプラン」というもので,(私が利用した平成26年3月までの値段ですが) 東京~博多の往復ののぞみ利用代金 + 1泊で33,300円~で済みます。
これは,東京~博多の通常期の普通車指定席が片道 22,320円かかることからも,いかに安いかが分かります。1人で申し込めるのもいいですね。こういう宿付き格安プランは,2人以上というのも結構あるので。それと私もそうでしたが,出張じゃなくて普通に旅行で使えます。
また,往復+1泊以上という条件さえ満たせば,帰りは何日後でも (最大13日後) いいし,連泊割引があったりもします。

…というわけで,東京~博多に新幹線を使うことについて述べてみました。他にも,車窓からの景色を楽しむとか,車内メロディを楽しむとかもあるでしょう (個人的には,昔のひかり・こだまの終着メロディが好きだった)。
まあごちゃごちゃ書きましたが,僕にとっては,何の疑いもなく新幹線を使ったというのが事実で,以上はそれにあえて理由付けしたに過ぎません。
仕事であるとか,時間がないとかの理由があれば別ですが,旅行であれば,たまには遠方まであえて飛行機を使わずに鉄道を使うというのは,鉄道ファンならずとも面白いのではないかと思います。

スマホユーザーたり,ガラケーユーザーたり

たまには毒にも薬にもならないような記事を。

ついに先週,スマホユーザーになりました。といっても MVNO の SIM カードを買って白ロムに挿して,という「なんちゃって」スマホで,ガラケーも継続して所持していますが。

…ということを書くつもりですが,スマホの使い勝手とか機種のレビューを書くものではありません。そんなもんまだ分かりません。それより,どういう理由でこういう持ち方になったのかということを,メモとして残したいと思います。
とはいえ一応最初に,契約したのは BIC SIM (SMS 対応) のミニマムスタートプラン (月々約 1,100 円で 500 MB まで LTE の高速通信でそれを超えると 200kbps です (超えなくても高速/低速を切り替えられて高速通信分を温存できる機能があるので便利です)) で,スマホは docomo AQUOS PHONE ZETA SH-06E (docomoSHARP)の未使用品を秋葉原で 24,800 円で購入したということを書いておきます。このスマホは割とハイスペックなのに年末から未使用品が安く出回っているということで結構気になっていました。
なお上記リンクをクリックしても私には1円も入らないので安心してください(笑)。というかこのブログ全てそうですが…。

まず,僕はずっとガラケーユーザー (docomo N-02C) だったわけですが,なぜスマホに変えていなかったのかということについて,以前 Twitter で呟いたことからいくつか引用してみます:

 

 

というようなことを過去に呟いてました。

つまり,スマホが必要かといわれればそんなに必要ではないし,かつ,スマホに「使われる」ことを恐れていたわけです。2ちゃんのまとめサイト的なものを外で見ている人について呟きましたが,これは相当な堕落だと今でも思っています。と同時に見られるのだから仕方ないとも思っています。かように人というのは道具に使われる生き物だなあと。

それと同時に,「ガラケーユーザーの生き残り」であることを密かに誇りに思っていたのかもしれません。周りがスマホだから自分もスマホにしたとはあまり思われたくないですし。また「歩きスマホ」のマナーの悪さが結構言われますが,自分はガラケーだから違うぞと(笑)。本当は僕も携帯を操作しながら歩いたりもよくしていましたが…。

あとは,通話やメールに関しては何となくガラケーのほうが信頼性が高そうというのも大きいかもしれません。やはり使い慣れているし。あと当然ですが携帯電話というのはインフラ的な側面があり,何かの時に家族と連絡が取ったりできないと困ります。そういう時に,OS が不安定でハングアップしたり,電池を消耗して使えなくなっていたりすると,必要条件が満たされません。
ただ,これについては単なる思い込みかもしれませんが。

ここまで来ると,「じゃあなんで今回スマホを?」ということになるわけですが,実際外出先で調べ物をしたいときなどに「スマホがあれば…」と思うことが結構多いのも事実です。

それと,僕はソフトウェア関連のエンジニアなのですが,「今時ガラケーとか恥ずかしいし」というシチュエーションがあったりするんですよね。例えば開発者向けのカンファレンスとかで,周りで内容を Twitter で実況したりまとめサイトを作ったりしているときに,ガラケーしかないというのは竹槍と鉄砲的な引け目があって結構残念な思いになります。それだけならいいのですが,常に最新技術にアンテナを張っているべき技術者としての姿勢を疑われても仕方ありません (これについてはスマホを持っているかどうかで判断すべきではないと思いたいですが,現実として全く否定しきることはできません)。
というか実際,講演中にスマホで資料をネットで見たりキーワードを検索したり,ツイートして講演者に質問を送ったりする (講演者も講演中に Twitter を常にチェックする) スタイルというのは,とても合理的でもあり,直観としても「正しい使い方」という感じがします。

ということで,ガラケーユーザーのままでいたいというのと,本当はスマホも持ちたいというジレンマをずっと感じていたのです。

そこで最近格安 SIM がかなり出てきていて,ガラケーを持ったままその格安 SIM を適当なスマホ機種に挿して使えば,自分の都合のいいときに,スマホユーザーにもなれるし,ガラケーユーザーとしても振舞える,というポリモルフィズムを身につけることができて,万事解決と思い至ったわけです (ポリモルフィズムというのはオブジェクト指向開発の用語で,一般的な言葉ではないかもしれません)。

ヘビーな用途もないので,今のところは問題なく使えていますが,そこから考えるとキャリア会社の月々のスマホ料金というのは高いなと思います。携帯電話の信頼性について前述しましたが,半面においてはスマホではそこまで信頼性を必要とする使い方はしたくない,とも思います。それなら格安 SIM で済ますというのは合理的です。もっとも格安 SIM といえどもドコモの MVNO なので回線自体の信頼性は変わらない (使っているキャリアによっても上がる?) かもしれませんが。

なお,自分の場合は料金の問題はそれほど大きくはありませんでした。ガラケーだけどパケホーダイに入っており,月々それなりにかかっていたからです。目的は,日本将棋連盟モバイルという,プロの将棋の対局をほぼ毎日中継するやつを見るためで,これはパケット定額契約が必須なのです。でも Android でも最近は対応しているので,今回それはやめて,もっと安くすませようかと思っています。

それと BIC SIM の特典として,Wi2 300 という公衆無線 LAN が無料で使えるサービスが付いてくるのですが,これも結構大きいです。ノートパソコンを外に持ち出した時に便利だと思いました。

それで実際にスマホに「使われている」のか?とかどんな時に便利なのかとかそういったことはもう少し時間が経ってから考えてみたいと思います。

ということで,以上。

洗剤の詰め替え用について

洗剤の詰め替え用については,結構前から変だとは思っていた。本体をそのまま買うより,詰め替え用のほうが割高な場合が多いと。あと,インスタントコーヒーでも感じていた。

  • 液体洗剤の詰め替え用ってズルい…大概,標準パッケージ品の8~9割の量しか実は入っていない。それで値段は量相応か,寧ろ割高の場合も。似たような例としてシャンプーもいえるかも。 posted at 2011/10/22 11:09:25
  • ネスカフェゴールドブレンドの通常品(瓶入り)が100g578円、詰め替えパッケージが80g598円というのは何かが間違っている気がする。 posted at 2011/12/17 14:15:37

昨日はそれについて少しまとめてツイートした。

  • 以前にも思ったが,洗濯用の液体洗剤の詰め替え用の価格設定が理解不能。今日も,普通のが400g入りで298円,詰め替え用が320g入りで268円で売っており明らかに詰め替え用のほうが単価が高い。 posted at 2012/06/23 12:05:28
  • 詰め替え用を使ったほうが環境に優しいのは分かるが,消費者のインセンティブなしでは,メーカーの独善だろう(僕だって心情的には詰め替え用を買いたいが,ここで買うと独善を押し付けられた形になり気分が悪い)。若しくは販売店の事情かもしれないが,何れにせよ現状は変だ。 posted at 2012/06/23 12:13:44
  • ここの詰め替え用全く意味がない…。 http://t.co/ND5jg6nN posted at 2012/06/23 16:39:56
  • 他の何店かも見た限りでは、柔軟剤やおしゃれ着用洗剤には詰め替え用の方が単価が安い場合もあったが、通常の洗剤(アタックneo、nanox等)では詰め替え用のほうが単価が安いケースは皆無であった。 posted at 2012/06/23 17:32:33

その後,詰め替え用について以下のまとめを見つけた:

実は割高なつめかえ用商品まとめ【洗剤、柔軟剤編】

その中のリンク記事も参考になった。

少し僕は誤解していた。
詰め替え用というのは「地球環境への負荷を減らすためのもの」だと大雑把には考えていたのだが(これについては後述),上記記事では,「詰め替えのほうが利益率が良い」とある。
いや,利益率がいいのは別によいのだが,実際に詰め替え用の単価のほうが通常版より高く,それを買うと消費者が損をすることになっては,詰め替え用は売れず,「地球環境への負荷を減らすため」という目的(と思われたもの)は全く達成されない。
第一,「詰め替え用の方が容器代は安い」(前述リンク記事)のなら,仮に通常版と詰め替え用で全く同じ容量として,利益率を同じとしても価格は下がらないとおかしい。そこを,記事によれば,消費者に損をさせてまで利益率を上げているというのである。

「詰め替え用は地球環境への負荷を減らすためのもの」…と書いたが,これは本来「消費者にとって」ではなく「メーカーにとって」であるべきはずだと思う。
エコになるから…という消費者の思いにつけこんで,詰め替え用の利益率を上げ,通常版より単価を高くする,などという戦略を立てていたとすれば,とても良心的なメーカー・販売店とは思えないが,他に理由としては1つくらいしか考えられないので,そう邪推したくなる。実際,僕も同じ洗剤を続けて使うなら,詰め替え用のほうがエコだからそれを買おう,という認識はあった。

(なおもう一つの理由としては,前述のリンク記事ではこちらの方が主眼っぽいが,「詰め替え用は通常版よりも容量が数割少ないにもかかわらず,絶対的な価格としては,詰め替え用のほうが安いことが多いので,消費者が割高に気づかないことを期待しているのでは」ということである。これについても,全く良心的な理由とは思えないが,僕のようなケチなら当然のように気づくので(笑),第2の理由ということで。)

本当にメーカーとして地球環境への負荷を減らしたいのなら,利益率は同じかもしくは多少下げてでも,通常版より詰め替え用のほうが売れるように価格を割安にすると思うんだけどなあ…。可能ならば,利益率はちょこっと上げ,消費者への価格単価を下げれば,うまくいきそうな気がするが(前述のように容器コストは詰め替え用のほうが安いのだから不可能ではないはず)。そうしないなら,その気がないとしか思えない。メーカーとして利益を追求するのは勿論自然だと思うが,そこで消費者のエコの意識に付け込む,というのは違和感がありすぎる,たとえ結果的にエコに寄与するとしても。

まあ詰め替え用を買わなければいいだけの話なんですけどね(笑)。実際,通常版のほうが安いことが殆どなので詰め替え用を買わなくても何も損することはないし。詰め替え用のほうが単価が安ければ,そもそも買わない理由はないし。うーん簡単な話なんだけどなあ。

放射線に関する公開講座に参加

今日 (2012年2月19日(日)),近所の大学で,「放射線を知る」という公開講座があったので参加してみました。
近いし無料だし,ということで散歩がてら気楽に。

内容としては,理工農医4研究科合同ということで,5人の先生が登壇され,色んな話が聞けました。特に原発事故に関連する話題に限定されていたわけではありません。
自分は勿論放射線については詳しくないので,ふーんという感じで聞くだけでしたが,とりあえず備忘録的に。

  1. 人は常に被曝している
    例えばカリウムには0.01%の割合で放射性同位体が含まれていて,バナナなんかを食べると放射能を体内に取り込むことになる。細かい数値は忘れたが,食品中の放射性セシウムの新基準などと較べても,無視できるほど小さい量ではない程度だったはず。
  2. 放射線は身近でも色んなことに使われている
    半導体改質,電線改質,注射器や手術用具の滅菌とか,色々挙げられていましたが,おや,と思ったのは,食品照射も行われているということ。滅菌など安全確保や,供給確保が目的だそうです。例えば,ジャガイモの芽止めなどに効くそうです。ただ,日本では行われていないらしい。
    「食品への放射能付着が問題になっているけど,放射線の食品照射でどのくらい放射能が残るの?」…というふうにちょっと考えてしまったのですが,それについては放射線照射では放射能は残らない,というのが答え。当然といえば当然です。
    ただ,植物の組織の破壊などが全くないともいえないようで,この辺りは寧ろ遺伝子組み換えの作物などと近い感覚なのかなと思いました。
  3. 放射線で可視化 (イメージング) やトレーサー実験などが行える
    例えば植物に放射線を当てることで,どの部分に水が行き渡っているかが可視化できる。確か原理としては流れのある H 原子のスペクトルを利用するとかいう話だったと思う。
    同様に,水田に落ちたセシウムが稲にどのように取り込まれたのか,東北を飛んでいたウグイスにどのくらいセシウムが付着しているか,なども放射線を利用して分かるということで,実際の結果の写真の紹介などがありました。
  4. 国際的な合意のある被曝の影響
    とりあえず,100 ミリシーベルト被曝するとがんになる可能性が 1.05 倍になり,それ以上の被曝は発がんの可能性がリニアに伸びていく。反面,100 ミリシーベルト未満の場合には統計的には (→広島・長崎の原爆,チェルノブイリ原発事故などの後の追跡調査の結果によると) 有意な結果は得られていないそう。これは UNSCEAR という国連の委員会が報告したことで,これが被曝に関して科学的に国際的な合意のある内容ということです。また,日本の法律もこれをベースにしているとのこと。
    勿論,なら 100 ミリシーベルト未満なら被曝してもよい,ということではなくて,100 ミリシーベルト未満についても,100 ミリシーベルト以上の場合の延長として考えて (つまり,10ミリシーベルトで発がん確率が 1.005 倍ということになる),正しくリスクとして認識する必要がある,ということだと思います。例えば喫煙や飲酒,肥満,運動不足など発がんリスクは他にもたくさんあり,それらと同列に考えるべき…と医者の立場では説明するべきと言っていました。
    よく言われることですが,放射能が少しでも付いているかもしれない野菜は食べないので食事が野菜不足になり,外部被曝が怖いので内に篭って運動不足になり…といった生活になってはそのほうががんなど健康に与える影響が大きい,という説明もありました。

といったことが印象に残りました。正直,眠っていた時間も長かったんで(笑),特に医学の先生が話した時は殆ど記憶が飛んでおります。
ただ,まあ結構参考になったなと思います。

自分などは,日頃の食べ物に放射能がどのくらい付いているか,など考えたこともなく,食品とかがれき処理とか,ちょっと騒ぎすぎじゃないの? と思うことも多いです。
その直感は概ね間違っていなかったかな,というのが放射能汚染に関しての今回の感想です。
ただまあ,小さい子供がいるとか,原発から近いとか,個々の事情があるし,放射能なんて限りなく少ないほうがいいのは確かなので,神経質になるのも分かります。結局,個人の問題で,マスコミ等は正しく騒いでくれと思います。
ソフトウェアのテストで,完全にバグがないのを証明するのは事実上不可能で,実際のテストではどれだけコストをかけられるかが問題,というのと似ていますね。放射能ゼロの野菜を10倍の値段で買うに値するとその人が思えばその値段で買えばよいのだし。
ただ,テストしなくても正しく動くことがあるのと同じように,何の検査もしないで「大丈夫です」と言うのは最悪ですが。あくまで検査の結果,定量的な放射能の量が明らかになっていないと判断はできないことになります。だから,同じ理屈で,放射能ゼロという野菜があって,それを買うのなら,その証明または主張を受け入れた結果買う,という姿勢が必要です。変な言い方ですが,放射能を気にするなら買う側にもそれなりの覚悟が必要ということがいえると思います (勿論,国の基準はどれを選んでもクリアされているという前提で,それ以上を目指す場合です)。

それと最後に,「『科学的に』といった場合にその分野で多数発表されている論文のうちどれか1つにでも述べられていれば,それは科学的根拠があるということになってしまうが,(特に昨今の放射能の分野はそうなのだと思いますが) 特定の主義・思想や政治的な思惑が絡んでいるので特定の論文に載っている主張があったとしてもそれが真に科学的とはいえない,全体として客観的に見て判断しないといけない」という話があり,これは放射能の話に限らず科学技術に関わる人間としては銘記すべきことだと思いました。