プラトン『国家』第十巻メモ(1)

プラトン『国家』((プラトン全集 (岩波) 第11巻,岩波文庫『国家』(下)) 第十巻を読んだときのメモ第1弾。

さて,国家も最終巻である第十巻です。第九巻で話としては一応完結したようにも思えますが,第十巻では詩などの模倣の技術のことが語られ,「徳への報い」のことが「エルの物語」を通じて語られます。
第十巻が独立して感じられるのは,画家や詩人に対するプラトンの偏見的ともとれる見方や,死者が生き返るという「エルの物語」が,(それまでと較べて) いささか飛躍していて非現実的な感があるからだと思われます。とはいえ詩については,これまでの対話から当然のように納得させられることもあるし,「エルの物語」を含む死後の世界の話も,イデア論,宇宙論,などを含めたプラトンの世界の1つの表象でしょう。
本メモ(1)は詩人についての部分で,「エルの物語」についてはメモ(2)で書く予定です。

以下は読書時のメモです。

「たしかにわれわれのこの国については」とぼくは言った,「ほかの多くの点でもこの上なく正しい仕方で国を建設してきたと思うけれども,しかしぼくは,とりわけ詩 (創作) についての処置を念頭に置いてそう言いたい」
「とおっしゃいますと,どのような?」と彼はたずねた。
「詩 (創作) のなかで真似ることを機能とするかぎりのものは,けっしてこれを受け入れないということだ。というのは,ぼくは思うのだが,それを絶対に受け入れてはならぬということは,魂の各部分の働きがそれぞれ別々に区別された今になってみると,前よりもいっそう明らかにわかっているわけだからね」(595A)

いわゆる「詩人追放論」と言われるプラトンの立場を端的に示す最初の箇所です。真似ることの弊害は第3巻でも言われていましたが,詩の本質を模倣であるというのがプラトン一流の捉え方だと思います。この後そのココロが存分に語られます。

「話さなければならない」とぼくは言った。「子供のころからぼくをとらえているホメロスへの愛と畏れとが,話すのを妨げるけれども。―じっさいホメロスこそは,あの立派な悲劇作家たちすべての最初の師であり指導者であったように思えるからね。しかしながら,ひとりの人間が真理よりも尊重されるようなことがあってはならない。いや,いま言ったように,話さなければならない」(595B)

プラトンにもホメロスへの敬意があるようで,神妙です。「ひとりの人間が真理よりも尊重されるようなことがあってはならない」は至言ですね。どこかで使えそうです。

「それならば,われわれは次のことから考察をはじめることにしようか―いつもやっている探求方法を出発点としてね。というのは,われわれは,われわれが同じ名前を適用するような多くのものを一まとめにして,その一組ごとにそれぞれ一つの<実相>(エイドス)というものを立てることにしているはずだから。どうだ,わからないかね?」(596A)

うろ覚えですが,名前が実相を表す,というのは『クラテュロス』を想い起こす一節です。ともあれ,いつものように根本的なところから,対話が始まります。

「ところがそれらの家具について,<実相>(イデア)はということになると,二つあるだけだろう―寝椅子のそれが一つと,机のそれが一つ」
「はい」
「ところで,これもまたわれわれのいつもの説ではないか,―すなわち,いまの二つの家具のそれぞれを作る職人は,その<実相>(イデア)に目を向けて,それを見つめながら一方は寝椅子を作り,他方は机を作るのであって,それらの製品をわれわれが使うのである。他のものについても同様なのだ,とね。なぜなら,<実相>そのものについては,職人のうち誰ひとりそれを作ることはないのだから。どうして作ることができようか?」

これの前の「寝椅子や机は数多くある」という一節に続くのですが,身近な例で実感があります。色んな対話篇で「徳」とか「美」とか「勇気」とかについて追求されてきたのと同じで,「まさにそれであるところのもの」をここでは<実相>(イデア)と言っているのですね。
あまり本筋とは関係ありませんが,一つ前の引用と合わせると,「<実相>を作ることはできないが,それに名前が付くことはできる」…というのは一体何なのか?と思います。名前の有無に限らず<実相>は存在するように思えますが…。本来的には,名前とは任意に付けられるようでいて,<実相>にともなって収束するもの,というようにも思えます。

「むずかしい仕方ではないよ」とぼくは答えた,「いろんなやり方で,すぐにでもできることなのだが,まあいちばん手っとりばやくやるには,鏡を手に取ってあらゆる方向に,ぐるりとまわしてみる気になりさえすればよい。そうすれば,君はたちまち太陽をはじめ諸天体を作り出すだろうし,たちまち大地を,またたちまち君自身およびその他の動物を,家具を,植物を,そしていましがた挙げられたすべてのものを,作り出すだろう」
「ええ」と彼は言った,「そう見えるところのもの(写像)を,しかしけっしてほんとうにあるのではないものを,ですね」
「うまい!」とぼくは言った,「議論のために必要適切なことを言ってくれた。というのは,思うに,画家もまたそのような製作者だろうからね。そうだね?」(596D)

すべてなんでも作るような職人がいる,というソクラテスの示唆から上記が言われます。それは見た目を作るだけなら鏡があればよいと。まるで一休さんですが,「そう見えるところのもの,しかしけっしてほんとうにあるのではないもの」というグラウコンの返しは,現代に置き換えても痛い所を衝いているように思えます。何でもスマホ等で写真に撮れるのもそうですがそれに限らず,自分が心底から考えたり作り出したものでもないことを,どこかから調達し,そう見せる(思わせる)コストがものすごく低い現代こそです。

「もし神が二つだけでもお作りになるとするならば,そこにふたたび一なる寝椅子が新たに現れて来て,それの[寝椅子としての]相を,先の二つの寝椅子はともに貰い受けてもっていることになるだろう。そして,この新たな一つの寝椅子こそが<まさに寝椅子であるところのもの>であることになり,先の二つはそうでないことになるだろう」
「そのとおりです」と彼は言った。
「思うに,神はこうした事態を知っているがゆえに,真にあるところの寝椅子の真の作り手となることを―けっして或る特定の寝椅子を作る或る特定の製作者となることをではなく―お望みになって,本性(実在)としてのただ一つなる寝椅子を作り出されたのだ」(597C)

実相(イデア)の唯一な性質をよく表していて面白い箇所だと思います。ただ,何故寝椅子は寝椅子なのか?とも思います。これは最初に<まさに寝椅子であるところのもの>があったというより,実際に大工たちが色々作っている内に寝椅子という概念が出来たという方が自然な気もします。さらに言うと,電気でも半導体でもスマートフォンでもなんでもいいのですが当時存在していなかったものについて,それが実現しない前である当時から実相(イデア)は存在していたと考えるのでしょうか?実相(イデア)は時間を超越すると考えるのでしょうか?よく分かりません。あくまでも実感で,自分の思ったことはアリストテレス的かもしれませんが。

「してみると,悲劇作家もまた,もし彼が<真似る者>(描写家)であるとするならば,そうだということになるだろう―つまり,いわば真実(実在)という王から遠ざかること第三番目に生まれついた素姓の者だ,ということになるだろう。そして他のすべての<真似る者>(描写家)もまた同じことだ」(597E)

省略していますが,神を『本性(実在)製作者』,大工を製作者,画家を<真似る者>として実在に近い方から順位付けしています。

「してみると,真似(描写)の技術というものは真実から遠く離れたところにあることになるし,またそれがすべてのものを作り上げることができるというのも,どうやら,そこに理由があるようだ。つまり,それぞれの対象のほんのわずかの部分にしか,それも見かけの影像にしか,触れなくてもよいからなのだ。
たとえば画家は―とわれわれは言おう―靴作りや大工やその他の職人を絵にかいてくれるだろうが,彼はこれらのどの職人の技術についても,けっして知ってはいないのだ。だがそれにもかかわらず,上手な画家ならば,子供や考えのない大人を相手に,大工の絵をかいて遠くから見せ,欺いてほんとうの大工だと思わせることだろう」(598B)

この部分,『ゴルギアス』に出てくる,弁論術に対するソクラテスの言説と非常に似ています。それの見た目(模倣)バージョンといえるでしょうか。あるいはソフィストを向う側に見ているのかもしれません。それにしても画家に対する見方が厳しいですね。

「では,もしある人が,真似(描写)の対象となるべきものと,その対象の影像と,この両方をともに作り為す能力があるとしたならば,いったいその人は,真剣になって影像を製作することに身をささげ,その仕事を最上の所有物として自分の生活の前面にかかげるだろうと,君は思うかね?」(599A)

もし,製作する能力と真似る能力の両方を持っていたら,誰だって製作するだろう,という話がこの後も続きます。そして返す刀で詩人についても,言葉を真似たり伝えたりするだけで何も実行する能力がない,というようなことが長々と語られ,切り捨てられるのがこの第十巻の前半部です。

「それでは,ホメロスをはじめとしてすべての作家(詩人)たちは,人間の徳―またその他,彼らの作品の主題となるさまざまの事柄―に似せた影像を描写するだけの人々であって,真実そのものにはけっして触れていないのだということを,われわれはここで確認することにしようか?それはちょうど画家の場合と同様であって,先ほどわれわれが言っていたように,画家は実際の靴作りと思えるものを創作するけれども,自分が靴を作ることを知っているわけでもないし,また描いて見せる相手のほうも,同様に何も知らずに,ただうわべの色と形から見て判断するだけの人たちなのだ」(600E)

ということで「真実そのものにはけっして触れていない」という,プラトン的にかなり決定的な烙印が詩人や画家に対して押されました。前述しましたがソフィストに対する言及とほぼ同じで,怨みすら感じられるような峻烈なものです。実際,アリストファネスなどを念頭に置いていたのかもしれません。なお少し後で,「韻律とリズムと調べをつけて語るならば,大へん立派に語られているように思えるのだ」(601A) ともソクラテスに言わせています。
この辺り,善悪はともかく,「プラトンとはそういう人だ」と思うしかありません。作家(詩人),画家,音楽家が知り合いにいたりするとちょっと腹立たしい思いになるかもしれません。そもそも,模倣しか能がないのが画家や作家,というのは現代の感覚からずれています。何も真実に触れることだけが糧になるわけでもないと思いますし。ただ想像ですが当人だったら意外と何とも思わないのではという気もします…抽象的ですが技術的な印象を受けるのもプラトンらしいところ。

「画家は―とわれわれは言う―手綱や馬銜を描くであろう」
「ええ」
「しかしそれを作るのは,皮職人や鍛冶家だろう」
「たしかに」
「では,手綱や馬銜がどのようなものでなければならぬかを,画家は知っているだろうか?それとも実は,製作者である鍛冶家や皮職人でさえ知らないのであって,そのことの知識をもっているのは,それらを使うすべを心得ている人,すなわち,馬に乗る人だけではないだろうか?」(601C)

「あらゆるものについて,事情は同じであると言うべきではないだろうか?」
「どのような意味でですか?」
「それぞれのものについて,いま挙げたような三つの技術があるのではないかね―すなわち,使うための技術,作るための技術,真似るための技術」(601C)

使う人・使うための技術,というのが出てきました。多くは省略しますが,使う人はその物の善し悪しに通じていて,製作者にそれをどのような物として作らなければならないかという知識を伝えるが,真似る人にはそういった知識は必要がない,ということが言われます。

「では,こうした点については,どうやらわれわれは,十分な同意に達したらしいね。すなわち,真似る人は,彼が真似て描写するその当のものについて,言うに足るほどの知識は何ももち合わせていないのであって,要するに<真似ごと>とは,ひとつの遊びごとにほかならず,まじめな仕事などではないということ,そして,イアンボスやエポスの韻律を使って悲劇の創作にたずさわる人々は,すべてみな,最大限にそのような<真似ごと>に従事している人々である,ということだ」(602B)

ということで,作家(詩人)というのは,前に言われたように真実に触れていないだけでなく,知識も持っていないと,ダメを押します。
まあ仮にそうだとしても作家が模倣に生きる職業だとは思いませんが,現代に当てはめると,所謂「まとめサイト」を作ることなどはそういう部類なのかもしれないなと思ったりします。逆に言うと当時の文学に対する見方というのはそういうものだったのかもしれません。

「ところで,測ること,数えること,秤にかけることは,そうした錯覚に対抗してわれわれを助けるための絶妙の手段として,発明されたのではないかね?これのおかげで,われわれの内に支配するのは見かけ上の大きさ・小ささの差異や,見かけ上の数や重さの差異ではなく,数や長さや重さをちゃんと計算し測定したものこそが,支配するようになったのだ」(602D)

見かけ(印象)ではなく,絶対的な尺度があるということが言われます。何となくプラトンらしい流れです。

「そういうわけで,じつはこの点の同意を得たいと思いながら,ぼくはさっき言っていたのだよ。―つまり,絵画および一般に真似の術は,真理から遠く離れたところに自分の作品を作り上げるというだけでなく,他方ではわれわれの内の,思慮(知)から遠く離れた部分と交わるものであり,それも何ひとつ健全でも真実でもない目的のために交わる仲間であり友である,とね」(603A)

人間の思慮というものは絶対的な計量を行うもの,というのがプラトンがいつも言っていることで,真似の術のような見た目だけで思慮に働き掛けないものについては,こういう評価になるだろうなというのは想像できたところです。かつ,模倣というものを「測る,数える」という観点から喝破するのもプラトンならではとも思います。

「立派な人物というものは」とぼくは言った,「息子を失うとか,その他何か自分が最も大切にしているものを失うとか,そういった運命を身に受けたとき,ほかの誰よりも平静にそれを堪え忍ぶだろうということ,ここまでのことは,あのときもたしか,われわれは言っていたはずだ」
「ええ,たしかに」
「いまはさらに,こういうことを考えてみようではないか―いったい,そういう人物は,少しも悲しくはないのだろうか?それとも,そういうことはありえないことであって,ただ悲しみに堪えて節度を保とうとしているのだろうか?」
「後のほうでしょう」と彼はいった,「実情はといえば」(603E)

後の布石として,悲しみを内に秘める立派な人というのが言われます。第八巻で,名誉支配制の国制に対応する人間が言われた時のことを少し思い出します。

「法はきっと,こう言うことだろう―不幸のうちにあっては,できるだけ平静を保って,感情をたかぶらせないことが最も望ましいのだ。ほかでもない,そうした出来事がほんとうは善いことか悪いことかは,必ずしも明らかではないし,堪えるのをつらがってみても,前向きに役に立つことは何ひとつないのだし,そもそも人の世に起る何ごとも大した真剣な関心に値するものではないのだし,それに,悲しみに耽るということは,そのような状況のなかでできるだけ速やかにわれわれに生じてこなければならないものにとって,妨げになるのだから,とね」
「どのようなことが,妨げられるとおっしゃるのですか?」と彼はたずねた。
「起ったことについて熟慮することがだ」とぼくは言った。(604B)

生きているとこういうことがいかに難しいかを日々実感します。こういう恬淡とした,本来の意味でのストイックな,しかし前向きな生き方ができたらいいなと思います。

「だから明らかに,真似を事とする作家(詩人)というものは,もし大勢の人々のあいだで好評を得ようとするのならば,生来けっして魂のそのような部分に向かうようには出来ていないし,また彼の知恵は,けっしてその部分を満足させるようにつくられてはいない。彼が向かうのは,感情をたかぶらせる多彩な性格のほうであって,それはそのような性格が,真似て描写しやすいにほかならないのだ」(605A)

と,作家(詩人)は,感情を理性で抑える立派な人を描くことはできずに,ただむやみに感情的な人ばかり描いている,それは真理とくらべると低劣なものだ,ということが言われます。これを言うために,感情を抑える人を讃えていたのが分かります。将棋で「玉は包むようにして寄せよ」という格言がありますが,周到な筋書きで作家(詩人)を先回りして着実に追い詰めています。
確かに言っていることはその通りだなあと思います。同時に,そういった思慮深い人を描写する言論とは,一体なんなのか。そもそもあるのか。ということも思います。あらゆる描写は,その対象が真実ではなく,演じたものである可能性,または見る側が錯覚した可能性を捨てきれません。イデアは目に見えない(し聞こえない)からです。であれば何か外形的なことを書くこと自体に意味はあるのか。という問いは当然プラトン自身にもブーメランで問われます。『パイドロス』辺りにヒントがあるのでしょうか?

「こういう事実を考慮してもらいたいのだ。―すなわち,先に自分自身の身に起った不幸に際しては無理に抑えられていたが,ほんとうは心ゆくまで泣いて嘆いて満たされることを飢え求めていた部分―というのは,そういったことを欲求するのが,魂のこの部分の自然生来の本性だからなのだが―まさにその部分こそが,いまや,作家(詩人)たちによって満足を与えられ,喜ぶところの部分にほかならないのだということだ。ほかならないのだということだ。そして他方,われわれの内なる生来最もすぐれた部分は,理によって,また習慣によってさえも,まだじゅうぶんに教育されていないために,この涙っぽい部分に対する監視をゆるめてしまう」(606A)

作家(詩人)は,善なる人を描けないだけでなく,人の抑えるべき感情的な部分を呼び覚ましてしまう,ということが言われます。ここの少し前に,「われわれを最も強くそのような状態にさせる作家のことを,すぐれた作家であると真剣に褒め讃えるのだ」(605D)とも言われ,人は自分が本来そうあるべきでない姿に欲求を持つことを指摘しますが,それを喚起する作家(詩人)はけしからんとなるわけです。
感情的な部分,よく言えば人間らしい感情を引き起こすというのなら,悪い面ばかりではないようにも思いますが。思慮深さとは相反するのは確かだという気はします。
「そういったことを欲求するのが,…自然生来の本性」というのは,ソクラテスの口から出ると重い言葉です。これを克服したソクラテスの覚悟というか凄みを感じさせます。

「同じことはまた,滑稽なことについても言えるのではないだろうか。すなわち,もし君が,自分でやるのは恥ずかしいような滑稽なことを,喜劇の行なう真似や私的な機会などに聞いて大いに喜び,下劣なことだと憎むことをしないのであれば,君はまさに悲痛な事柄におけるのと同じことをしていることになるのではないかね?
というのは,道化者と評判されるのをおそれて,この場合にも,ふざけて滑稽なことをしたがる部分を自分の内において理の力で抑えていたのに,いまやまたも君はその部分をゆるめてやり,そしてそのような機会に元気をつけて活溌にしてやることによって,しばしばそれと気づかぬうちに,自分自身の生活そのものにおいて喜劇役者となりはてるところまで,引きずられて行くことになるからだ」(606C)

本当に喜劇役者に魂を引っ張られるならそうだと思いますが…真面目すぎるという感じはします。
確かにバラエティ番組等でも,低俗だと分かっていても笑ってしまったりすることはありますが,自分が実際そういうことをしたがる欲求が裏にあるとは思ったことはありません。が,そうなのかもしれません。

「ただここで,われわれが頑固で粗野だと非難されないためにも,哲学と詩(創作)との間には昔から仲違いがあったという事実を,詩(創作)に向かって言い添えておくことにしよう。というのは,『主に吠えたて叫ぶ犬めが』とか,『愚か者らの下らぬおしゃべりのなかで威張っている』とか,『あまりにも賢い連中の群を支配する者』とか,『自分が貧しいということを思いめぐらすのが落ちの,繊細の思想家たち』とか,その他数えきれない多くの言葉が,哲学と詩の間に昔から対立があったことを示しているからだ。」(607B)

最後に念を押されましたが,こう言われると,こういう不倶戴天の関係があったから帰納的にこれまでのような詩人追放論を言ったのではないのかと逆に思ったりもします。
ただこの後,詩の有益さを論じ明らかにされるのであれば迎え入れる,ということも一応言われます。

「まことに,親しいグラウコンよ」とぼくは言った,「ここで争われていることは重大な,ふつう考えられているよりも,はるかに重大なことなのだからね―すぐれた人間となるか,悪しき人間となるかという,このことは。だからけっして,名誉や金銭や権力の誘惑によって,さらにはまた詩の誘惑によってそそのかされて,正義をはじめその他の徳性をなおざりにするようなことがあってはならないのだ」(608B)

という言葉で締めくくられて,第十巻の前半部が終わります。

これは私見ですが,プラトン自身に詩人の要素が全くなかったら,対話篇という形式で後世に作品を残すこともなかったのでは?という気がします。但しその意味で,作中では「あくまでソクラテスに言わせている限りでは」矛盾はしていないとも言えます。これは対話篇という形式の相補性というか多態性といえるのかもしれませんね。

続きはメモ(2)にて。

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